奈々氏の良い加減でいこう

アクセスカウンタ

zoom RSS 交流学級 「してあげる」 特別支援教育 その9

<<   作成日時 : 2006/01/29 11:21   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 4

 昨年度の6年生の子どもたち。交流学級ではないのにも関わらず,特殊のBさんとの交流が持てた。じゃぁ,交流学級の子どもたちはどうだったのか。正直,学年が違うし,同じだとしてもクラスが違うとあまり授業中の様子は分かりません。(自分のクラスの授業をやっているので,当たり前です)

 以前の文でも書きましたが,交流学級をもつには教師は事前の打ち合わせや準備がかなり必要です。指導する側は,交流学級の授業を通して,心の交流をもたせたいという願いをもっているはずです。が,交流学級の子どもたちには,それを意識させなくても良いのではないでしょうか。さりげなくフォローをしていけばよいのではと思います。授業をするなかで,どうすればよいかを子どもたちが考え,行動していくと思います。学年が下がるほど,自然にやるでしょう。逆にできることまで手を出すのを抑えるぐらいですから。
 交流学級の子どもたちに,こうしてほしいとか教師の願いを伝えると,特殊の子どもたちのことをある程度理解して接してくれますが,問題点もある気がします。それは「してあげる」という言い方に出ている気がします。ここには,思いやりの気持ちもあると思うのですが,やってあげているという気持ちが混ざっている気がするのは私だけでしょうか。足を骨折した子がいたら,自然にかばんをもっていってくれる子が出てくるように,Bさんたちの障害に合わせて自然に子どもたちに接してほしいと思ってます。当然,安全面などを考えたら,どんな障害があるのかぐらいは,分かる言葉で交流学級の子どもには伝えておかなくてはいけないとは思いますが。
 もう一つの問題点。特殊学級の保護者の方や障害を持っているけど普通学級で学習している子の保護者の方,就学前や年度末に学校側と話し合う機会があり,きっとさまざまな思いを乗り越えて,今の選択をされたと思います。他の子どもたちに迷惑をかけるのではと思われることもあるかもしれませんが,迷惑だと感じさせちゃうような交流や普段の過ごし方をさせてしまっている私たちに問題点があると思います。そんな気持ちにさせてしまっては,やっぱり申し訳ないなと思う今日この頃です。

 うちのクラスの自閉傾向のAさんが,生活科の時間に「カルタを一緒にやろうよ。Cさんと先生と3人でやろうよ。」と先日,話しかけてきました。自分だけで遊ぶことが多かったAさんが,一緒に遊ぼうと声をかけてくれたのは初めてでした。小さなことかもですが,私にはとても嬉しい一言でした。一緒に学習や生活をするなかで,少しずつ成長しているんですね。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんちは

> やってあげているという気持ちが混ざっている気がするのは私だけでしょうか

これは、ある意味で仕方ないことなんかもしれません。最初は、やさしさ・思いやりといった気持ちと一緒にでてくる言葉なんだから。

でも、接していくうちに、それが「自然な人間関係」「同じ人間同士、友達、仲間という関係」になっていってもらえば良いと思っています。

できれば、「あわれみ」という目線ではなく、「助け合い」という目線を、自然体でもつようになる、というのが理想ですね
Hideki
2006/01/29 23:25
今晩は。書き込みありがとうです。旅行楽しそうで良かったですね。私も,少し頑張って春休みには,スキーに行きたいと思ってます。

「してあげる」と言うのは,低学年の子どもたちには,普通に出てくる言葉で,あまり意味は無いと思います。困っていたりうまくできない子に対して,純粋に手助けしたいという気持ちで「やってあげる」と言っていると思います。低学年からの関係ができていれば,きっとその後もうまく行きそうな気がします。ただ,他の子と自分の違いに目が向き始める中学年以降だと,難しくなるのかな。かと思えば,去年の卒業生のようにこちらが意図しないのに,うまく交流できることもあります。いかにうまくチャンスをとらえていくかがポイントなのかなと感じてます。
奈々氏
2006/01/29 23:41
交流級でない学級と交流がもてたということ、すばらしいと思います。交流級しかふれ合いがもてないというのは、ふつう級の子にとって不幸ですものね。わたしも苦い反省がありました。1月17日の記事に、まとめてあります。
 子どものあるがままの姿勢を大事にしようとする奈々氏先生のお考えには、共感できます。
そして、さりげなく、ひけらかすことなく、行動している姿をほめてやれば、「〜してあげる」意識も、なくなるのではないでしょうか。教える側の自然な行為、すなわち、子どもの言動を意味付け、価値付ける行為が、子どもを育むのだと思います。
 障害児の保護者が、『他の子に迷惑をかけているのでは、〜。』と思わせてしまうのは学校の取組の問題とおっしゃる奈々氏先生。すばらしい姿勢だなと思いました。『〜してあげる』意識の裏返しと思うからです。『ふつう級の子も交流によって心がこんなふうに育まれるのですよ。』ということをPRする必要があるでしょうね。この辺りは、校長の姿勢も大きいと思います。
toshi
2006/02/05 07:26
 特殊学級については,現担当のかたに教えられるところばかりです。受け売りも多いです。(この辺が自分がないと思います。よく言えばフレキシブル?
 価値づけるは,実は私たち低学年部会のキーワードです。子どもを見取り,言葉がけで支援する。支援のひとつに価値付けるは入ってます。認める,ほめる,価値付ける,意味づける,ゆさぶるなどを意識して声がけしていこうとみんなで話し合ってます。
 結果を急がずにやっていきたい,自然な形でのふれあいをとは思うのですが,なかなかうまくいかないのが実情です。毎日毎日の子どもとの触れ合う時間を大切にして,一人ひとりを見つめていくことでしか対応できないとがんばろうと思ってます。
奈々氏
2006/02/05 18:59

コメントする help

ニックネーム
本 文
交流学級 「してあげる」 特別支援教育 その9 奈々氏の良い加減でいこう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる